ニャーナラトー長老 法話の記録 安養寺みんなの仏教 

初期仏教学びの会 @安養寺 2023年 10月14日 感想レポート

2023/10/20
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 毎回思うのですが、ニャーナラトー師のユーモアをまじえながらの法話がとても楽しく、また、どんな質問にも本当に丁寧に親身にお話しくださり、大変ありがたいことだと
心から感謝しております。
今回、静寂(stillness)という言葉が心に残りました。「朝茶飲む僧静かなり菊の花」もその情景を細やかに感じられて美しく、静寂の境地に至らずともイメージが広がりました。また、「安養」や「円満」という言葉とその意味にも触れられました。言霊と言いますが、安養や円満という言葉の響きの中にも静寂を感じます。仏道を学び瞑想を行い、その静寂を目指して、これからも慎ましく精進したいと思います。N・M

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 秋らしい「朝茶飲む 僧静かなり 菊の花」という、松尾芭蕉の句の紹介から始まった今回の長老の法話でしたが、キーワードは「真ん中にあること」「丸く」「円満」「安養」と調和がとれて穏やかで、小欲知足で満ち足りている、心は安らかにと、まさに仏教は、苦にも楽にも、この両極端に偏らない「中道」であると改めて感じるお話でした。
仏教の学びについて、師(先生)は必要か、の問いについては、テーラワーダ仏教は、修行の達成の上では師というより「善友」の存在の必要性を語られましたが、まさに「法友」は善友であるべきと思いました。

 安養寺様での学びの会で感じる場の雰囲気の和やかさは、ご住職が「師」ではなく(失礼はお許しください)一歩先を行く「先達」、ガイド役であり、まさに善友であるからだと思います。学びの場としては、ありがたい雰囲気、空間です。
また、学ぶ場の選択については、苦から救われたか絶えず考え、カルトにはまらないようにとのお話でした。 仏教知識の必要性については、ブッダは真理を誰でもわかる言葉で優しく、庶民の言葉で相手に合わせた対機説法として語った。これは、理の勝った人のものではない、優しい言葉で、真理はみんなのもの、誰にも適用されるもの、森羅万象に適用されるものであるとの教えであり、難しい言葉を使い、観念、概念に遊ぶことなく、真理を説くことができることを教えるものと思いました。 悟り、解脱は、仏教である限りは帰結としてあるものでしょうが、囚われることなく日々謙虚に、弛まず修行することで煩悩からの解放されることが重要と思いました。以上雑駁ですが、今回もニャーナラトー長老のお教え、ありがとうございました。次回を楽しみにしております。 S・K

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 仏教の深淵なる、お話しを楽しく学ばせて頂き有り難う御座いました。私はまだ、現役で営業の仕事をしております。十月十三日(前日)の職場での雑談です。後輩は、本当に御縁があるか無いかですよね。運が大きいですよね。私は本当に御縁、たまたま縁があり、出会たかが大きいし、後それと御恩やね。出会いがあっても、こうしたら良いとか教えてくれた人とか、ここに行ったらとか、言ってくれた人とか、多くの人の御恩やし、御縁と御恩が無ければ、無理。次に後輩はそれと、自分で動かないとね、次に私は事務所に座っていても、何もないし。といった会話が有りました。この会話の後、御縁は本当に見えない、因果・業だなと実感しました。御恩ももちろん因果と感謝だと実感しました。感謝だと思うと、大きく安らぎました、本当に感謝すると、過去のゴチャゴチャは、どうでもエエやんで、慈悲の瞑想の気持ちが力強く成ったと感じました。そして日々の忙しさ、の中で自分には、輪廻を見るという視点が弱いし、慈悲の瞑想も何か、言葉だけになる様な弱さを、しっかりと見ました。「比丘とは輪廻の危険を見る者」とおっしゃっておられました。本当これ弱いと自覚できました。一年位前に、過去は無理やり断つものではないと、長老に諭されました。その時は、しっかり理解できませんでしたが、今回強く、当たり前なのですが、過去の業 因果があり、いまここ なんだと思いました。
自灯明・法灯明の話しも有りましたが、これ難しいものだなと思いました。同時に師匠の話しもありましたが、自灯明とは法を教えて下さった人に寄りかかるのでもなく、本当の意味では自分一人でもなく、多くの恩師の心とか、様々な因果で見えない御恩と、一緒に自分を灯火にして歩くというイメージを持っています。これで本当に良いのかな?ですが、法灯明は、おっしゃっていた四聖諦のセンサーなのかなと思いました。
 今回の法話も盛り沢山でしたが、前日の会話で感じた事と上手くリンクしている部分もあり、有り難かったです。仕事は、まあ餌探しですが、仏教のヒントもあれば、会いたくない本当の自分に会う事もあります。正直、三毒が強化されてしまうことの方が多いですが、生きとし生けるものへの感謝で安らぎ、いまここで気づきを保ち 輪廻の危険を見 慈悲を育てられたらと思います。後今回、吉水御住職の阿弥陀三尊のお話しで始まり、後半で長老の何もするなを徹底している、親鸞聖人 大正解という明るいお話しは、何もせんでエエよ、安らいで養生しとき、がより解りやすく、楽しかったです。無常の中で何時も変わって ユラユラ していますが此れからも御指導宜しくお願い致します。S・I 
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 以前も思ったのですが、やっぱりわたしは門前の小僧ならぬ門前のばばぁだなあ、そして門のなか(仏教の教えの世界)は何だかすばらしそうなんだけどなあ、と思いつつ、のぞいているだけなんだなあ、と改めて感じました。昨日のお話でも、解脱のところは、ふうん、そうなんだ、という感じで、「ひとごと」でした(興味深くはありましたが)。お坊様の修行って大変なんだなあ、と。自分が解脱するとか悟れるとか思っていないせいもあります。(伊藤さんがアマラワティでアナーガリカ―になられてからしばらくして、アマラワティの修行生活って、優れた指導者がいっぱいいて、優れた法友がいっぱいいて、天国みたいなところじゃないか、羨ましいなあ、あたしも若かったら出家したいなあ、なんて妄想したことがありましたが、とてもとても、そんな生易しいものではなさそうですね)。
 とくにこころに残っているのは、ニャーナラトー師が言われた「センサー」です。自分のこころには「センサー」がある、妄想やら無智やらでそれが曇っている、汚れているということはあるけれど、最終的にはそれが、自分の学びの方向は間違っていないかどうかを教えてくれる、ということだと思いました(もう一つ、大事なことがあるとおっしゃったけれど、何だったかしらとはっきりしません……謙虚さ、だったでしょうか、お教えいただければ嬉しいです)。

 自分が苦しいとき、つらいとき、面白くないとき、不満なとき、その感情に気づきはするのですが、なぜなのかよくわからない。それがふとした瞬間に、あ、あたしはこれに執着しているんだ、こういう欲をもっているんだ、だから苦しい、辛いんだ、と気づくことがあります。そして気づくと楽になります。それが「センサー」かなと思うのです。そして、その気づきはたいてい、いままであちこちで聞いたり読んだりしたことに、あ、そうか、あれだ、と改めて気づくことでもあります。聞いて読んで、頭では理解したつもりでも、体感していない、それが、はっと腑に落ちる、という感じでしょうか。そのセンサーが曇らないように、そのセンサーを忘れないように暮らしたいと思いました。

 そして、これは法話からはちょっとずれるのですが、ご住職の臨終の儀式のお話が印象に残っています。自灯法灯といい、善き法友は修行の100パーセントと言われますが、凡婦である自分はとても心細い、学びに自信がない。でも、毎月、安養寺さんで学びの機会をいただいている、安養寺さんご夫妻やご同席の方々のような善友、法友(と言わせていただきます)とつながりがある。これは、臨終の儀式のときに死にゆく方が握らせてもらえる一筋の糸のようなものだなあ、と思ったのです。もちろん、依存してはいけないことは(自分が依存体質であることも)わかっているつもりですが、その一筋の糸があることがほんとうにありがたいと思いました!
 どうか、残る人生をこの一筋の糸を握って過ごせますように、と願っております。改めて、今後ともどうぞよろしくと切にお願いいたします! T・Y
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◎住職の感想

 日々慌ただしい毎日を送っている私は、朝お堂に坐ったとき、怒涛のように現れては消える感情と妄想思考、あれしてこれして…次々に現れる欲の数々を抱えて坐ります。それが私の日常です。しかし、呼吸の観察からはじめて…、(それが私の「今ここ」に帰る命綱です。)聞こえるあらゆる音に耳を傾けて…、やがて欲と感情の荒波は静まりはじめます。いつも「私」という中心から世界を判断していた私が、その中心を観察しはじめます。すると不思議なことにその中心が消えてしまいます。そこには、音や感覚だけがあり、欲も感情も消えています。時間や世界を計る差しがなくなります。中心が消えているので、「静寂を得た!」という、感覚もありません。
「朝茶飲む 僧静かなり 菊の花」「古池や 蛙飛こむ 水のおと」
「釣り針のない釣り」「こころの休日」
ってこんな感じかと実感させてもらうことのできる講話でした。 安養寺住職

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安養寺住職 吉水秀樹
Admin: 安養寺住職 吉水秀樹

『安養寺みんなの仏教』ニャーナラトー長老の法話を住職の吉水秀樹がレポートしたものです。 

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